大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所佐世保支部 昭和46年(わ)117号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人太田武夫、同太田二男、同川中久徳、同浜崎啓祐、同吉居俊一郎、同川中ツモに支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、予てから自己所有の佐世保市田代町一、四六六番の田と川中鶴三郎所有の同市同町一、四六六番山林(現況原野)との境界付近を流れる灌漑用水路の水流や右川中所有の原野付近を通つて自己所有の田に至る農道の使用方法について、右川中との間でもめごとがあつたが、

第一、昭和四五年八月一七日午前一一時ころ、前記川中所有の原野において、川中鶴三郎(明治二二年八月一二日生、当時八一年)が前記灌漑用の旧水路を修復しているのを見付け、それにより被告人所有の田が被害を受けることになると考え、同人に対し、これをやめるよう申し向けたが、同人がこれに応じようとしなかつたので、所携の鎌の柄で、同人の左胸部を二回位殴打し、よつて同人に加療約三日間を要する左胸部打撲の傷害を負わせた

第二、同年九月六日午前八時ころ、前記場所において、前記川中が前記水路に泥土が流入するのを防止する竹杭を打つているのを見付けるや、それにより被告人所有の田への通行が妨げられると考えて憤慨し、これをとがめたが、同人が右手には杭打ちに使用していた玄翁を持つたまま、左肘を張つて立ち向つてきたので、同人をその場に突き倒し、倒れた同人の大腿部、腰部等の下半身を地下足袋履きの足で数回踏みつけ、よつて同人に対し、左血胸(胸腔内血液貯留)、左大腿打撲症の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)省略

(傷害致死の事実を認定しなかつた理由)

一、本件公訴事実第二の訴因は「被告人は、前判示第二の日時場所において、川中鶴三郎をその後方から振り回わした挙句その場に転倒させ、さらに十数回に亘り足蹴りにする等の暴行を加え、よつてほどなく同人を一時喪神させ、昭和四六年一月三一日午後零時四五分ころ、入院中の病院において、右暴行による血胸(胸腔内血液貯留)に基づく心不全により死亡するに至らしめた。」というのである。

二、(一) まず、判示第二の日時場所における被告人の川中鶴三郎に対する暴行の内容、程度は、前判示のとおりである。

もつとも、川中鶴三郎の司法警察員に対する昭和四五年一〇月一五日付供述調書には「全身を約三〇回位も蹴つたり、踏んだりされ、特に右大腿部には蹴られたあとが充血して痛み、また左胸も蹴つたり踏んだりされたため、呼吸をするのもやつとでした。」との記載があり、証人濱崎啓祐の尋問調書中には、佐世保市立北病院において、最初に診察に当つた医師である同証人に対し、川中鶴三郎は、胸と足をけられたと話し、同証人が診察したところ胸部左腋窩線上の第八肋骨の付近に擦過傷があつた、との記載がある。

しかし、川中鶴三郎の司法警察員に対する昭和四五年九月六日付および同月九日付各供述調書には「腰から下を地下足袋でけつたり、ふんだりしました。」および「足とか腰を踏んだり、蹴つたりした。」との記載があるだけで、右各供述調書は本件直後に取調べをされて作成されているのに、左胸に対する暴行については何ら述べていないし、また、証人川中ツモの証言によれば、川中鶴三郎は、前判示第二の暴行を受けて帰宅した際およびその後の入院中に、妻である同証人に対し右暴行の内容を話したけれども、臀部から足の下の方を踏んだくられたといつて見せただけで、胸付近に暴行を受けた旨の話はしなかつたことが認められ、さらに、証人吉居俊一郎の尋問調書によれば、川中鶴三郎が、前判示第二の暴行を受けた直後、最初に治療に訪れた吉居内科医院で、同人は医師である同証人に対して、腰と大腿部を打たれたと話しただけであり、診察の結果、その部分がいくらかはれていたが、胸部は川中鶴三郎が痛みを訴えるだけで、触診上異常はなく、外傷も気付かなかつたことが認められ、加えて、前掲証人濱崎啓祐の尋問調書によれば、前記の左胸部の擦過傷というのは極めて軽微であつて、治療の必要のない程度であり、カルテにも記載していないことが認められるので、これらの事実と前掲被告人の公判調書中の供述部分および当公判廷における供述、司法警察員および検察官に対する各供述調書の記載を総合すると、被告人が川中鶴三郎の胸部付近をも足蹴りにしたものと断定することはできない。

(二) ところで、証人吉居俊一郎、同濱崎啓祐、同須山弘文、同川中久徳の各尋問調書、証人川中ツモの当公判廷における供述、大坪守の検察官に対する供述調書、川中鶴三郎の司法警察員に対する昭和四五年一〇月一五日付供述調書、押収してあるカルテ二冊(川中鶴三郎の入院病歴綴、内科および外科分、昭和四六年押第五六号の二)鑑定人須山弘文作成の鑑定書、医師濱崎啓祐作成の診断書、医師大坪守作成の死亡診断書を総合すると次の事実が認められる。

川中鶴三郎は、成人して以来ずつと農業に従事していたもので健康に恵まれ、病気のため医者にかかつたことも殆どなく八一才を過ぎた本件当時も中等度の農作業ぐらるはできるような状態であつた。そして、判示第一のとおり、被告人から暴行を受け、左胸部打撲の傷害を受けたけれども、右傷害は軽く、消炎剤と湿布薬等による治療を受けて、数日にして治癒し、前判示第二のとおり、昭和四五年九月六日には、竹杭を打ち込む作業をし、さらに同所付近の盛土を鍬でならす作業をするつもりでいた。ところが、前判示第二のとおり、被告人から暴行を受けたので、約一五〇メートル余離れた自宅に帰り、妻川中ツモに手伝つてもらつて着替えをしたのち、ひとりで付近のバス停留所からバスに乗つて、佐世保市俵町一三番二一号の吉居内科医院に赴き、医師吉居俊一郎の診察を受けた。右診察の際は吐き気もなく、血圧もやや低い程度で、意識も明瞭であつたが、痛み止め注射をしてしばらくした後、意識不明になり、救急車で佐世保市立北病院に移された。同病院では、外科医師濱崎啓祐の診察を受けたが、すでに意識は回復しており、左大腿部に皮下血腫ようのものが認められたほか、レントゲン写真による検査および穿刺の結果、左胸部に血胸すなわち胸腔内の血液貯留があることが判明した。そこで、同医師は、胸腔穿刺を行い、同月七日三〇〇CC、同月二一日一一〇CC、同年一〇月五日九〇CCの貯留液を抜きとり、残量は吸収されるものと考えていたところ、同月二〇日ころから貯留液が増えはじめたので同月二七日に一三八〇CCの貯留液を抜き取つたが、その間貯留液は、漸次、漿液性に変化した。また、右の血胸の治療のため、同医師は、同月二二日から副腎ホルモンであるステロイド剤の投与を始め、同年一一月一二日までに約五二ミリグラムを投与して、顔貌に副作用が現われたので、これを中止した。しかし、同月二四日ころから再び浸出液の貯留が増えはじめたので、同月二五日から同年一二月一二日まで毎日一六ミリグラムのステロイド剤を注射したが、その間の一二月四日ころは浸出液の貯留が止まり、そのままであれば軽快退院を許してもいい状態になつた。ところが、引き続き入院中、同月二九日ころ、かぜ気味の徴候があり同月三〇日には容態が悪化し、呼吸困難を来たし、血圧も降下し、不整脈となりシヨツク状態に陥つた。その後は胸部痛、胸内苦悶、軽い呼吸困難を訴えるようになり、昭和四六年一月七日から同病院内科に移つたが、右の症状は好転せず、頭痛、全身痛、全身の脱力感を訴え、呼吸困難も強くなつていつた。

そして、それは、川中鶴三郎がもともと罹患していた左肺胸膜および胸膜下組織、左肺上葉の乾酪化した結核性の病巣が前記の血胸の治療のために使用された副腎ホルモンであるステロイド剤によつて滲出型に変化し、これが炎症を惹起して左胸膜炎となり、この炎症が心のう、心膜に及んで結核性の心膜炎に進行し、心臓と心のう内面とが広く癒着し、心臓の活動が阻害されて循環障害を起こし、他方、左右の肺の高度の水腫および左肺の肺炎もこれと相俟つて循環障害を強くしていつたものであつた。

しかし、前記病院の医師らには右のような結核性の病変は確認できず、遂に、川中鶴三郎は、昭和四六年一月三一日前記病院において、前記の循環障害のため心機能不全に陥つて死亡した。

(三) ところで、前記の血胸が被告人の暴行によつて生じたものであることは判示第二のとおりである。すなわち証人須山弘文、同濱崎啓祐の各尋問調書、大坪守の検察官に対する供述調書、鑑定人須山弘文作成の鑑定書によれば、血胸は、一般的には、肺に病変がある場合、たとえば肺腫瘍、結核性肋膜炎、肺硬塞等によつて起こる場合と外部的物理力すなわち外傷によつて起こる場合とがあるが、川中鶴三郎の場合は、前記のように胸膜、心膜、肺組織に結核性の病変があつたので、血胸を起こし易い状態ではあつたが、右の病変だけで血胸を起こす状態ではなく、前記のとおり、判示第二の被告人の暴行直後に血胸を確認されており、しかも、右暴行前の川中鶴三郎の状態には、すでに血胸を起こしていたと認められるような徴候はない。そして、前記のとおり、被告人が川中鶴三郎の左胸部を直接足蹴りする等の暴行を加えた事実は認められないけれども、前掲司法警察員作成の実況見分調書および裁判所の各検証調書によれば、前判示第二の場所は、多少の傾斜と凹凸のある草地であつて、川中鶴三郎の年令をも考えると、被告人が、前判示第二のとおり同人を突き倒した際の衝撃が同人の左胸部に及んだことは否定できない。したがつて、これらの点から考え、前記の川中鶴三郎の左血胸は、被告人の同人に対する前判示第二の暴行によつて生じたものと認めるのが相当である。

(四) そこで、さらに、前記の被告人の暴行による血胸と川中鶴三郎の死因である循環障害の結果陥つた心機能不全との因果関係の存否について検討する。

(1)  前記のとおり、川中鶴三郎の死因である心機能不全の原因である循環障害は、同人がもともと罹患していた左肺胸膜等の結核性の病巣が血胸の治療の目的で使用されたステロイド剤によつて滲出型に変化し、これが結核性の左胸膜炎、心膜炎に進行して心膜の癒着を生じさせ、そのため心臓の活動が阻害されて起きた循環障害と左右の肺の高度の水腫および左肺の肺炎等によつて起きた循環障害が相俟つたものである。もとより、前記のとおり、川中鶴三郎の血胸は可成り長期の治療によつても治癒せず、また、証人須山弘文の尋問調書によれば、血胸も循環系統を圧迫することなどにより、循環機能に影響をおよぼすことがあることが認められるから、前記被告人の暴行により、川中鶴三郎に生じた血胸が、その死因となつた循環障害に何程かの影響を与えたのではないかとの疑いは払拭することはできない。しかしながら、証人濱崎啓祐の尋問調書および同人作成の診断書、大坪守の検察官に対する供述調書、押収してあるカルテ(外科分)によれば、前記病院の外科で治療に当つた医師濱崎啓祐は昭和四五年一〇月一〇日には貯留液がこのまま固定されたら退院させてもよいと考え、さらに同月一五日には川中鶴三郎の血胸は吸収不良で、約二〇〇CC前後の貯留液を認めるが、肺合併症の併発がない限り、なお二週間の入院加療が必要であるとの診断を下しており、同医師および同病院内科で川中鶴三郎の治療に当たつた医師大坪守らは、前記血胸によつて循環障害が生ずることは予想していなかつたことが認められ、また、鑑定人須山弘文作成の鑑定書によれば、川中鶴三郎の心臓と心のう内面とは殆ど全面に亘り架橋状に癒着が認められ、心表面はややボロ状を呈し、心のうの肥厚が著明であつたというのであるから、その病変の程度は相当高度のものというべく、しかも、前記のとおりそれは結核性心膜炎の進行したものであるというのであるから、これらの事実を併せ考えると、前記の川中鶴三郎の死因である心機能不全の原因となつた循環障害は、専ら前記の結核性の左胸膜炎および心膜炎と、左右の肺水腫および右肺の肺炎(証人須山弘文の尋問調書によれば肺水腫および肺炎は外傷と関係なく発病したものである。)に起因するものと解するのが相当であり、被告人が川中鶴三郎に加えた前判示第二の暴行の作用およびこれによつて生じた血胸の作用が前記の循環障害にまでおよんだものと認めることはできない。

(2)  もとより、前記のとおり、被告人が川中鶴三郎に暴行を加えて血胸を生じさせなかつたならば、前記の医師がその治療のためにステロイド剤を使用することもなく、したがつて、前記の結核性の病巣を滲出型に変化させることもなく、さらに胸膜炎、心膜炎を起こして循環障害の結果川中鶴三郎が心機能不全で死亡することもなかつたであろうということはいえよう。したがつて、この点では、被告人の行為に起因して川中鶴三郎の死亡という結果が発生したものであるということができる。しかしながら、特定の行為に起因して特定の結果が発生した場合でも、これを一般的に観察して、その行為によつてその結果が発生する虞のあることが、経験上、普通、予想しえられる場合でなければ、刑法上の因果関係があるということはできない。これを本件についてみると、前記のとおり、血胸から、その治療のためにステロイド剤が使用されて、循環障害を起こし、そのため心機能不全に陥つて死亡するに至るであろうことは、被告人には到底予想することができなかつたものであり、医学上の専門的知識を有する前記医師らも予想できなかつたことであつて、これがわれわれの経験上、普通、予想しえられるところであるとは到底いえない。したがつて、被告人の前判示第二の行為と川中鶴三郎の死亡との間には刑法上の因果関係はないものといわざるを得ない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件判示第二の行為は正当防衛であると主張するので、判断する。

被告人の判示第二の暴行の経緯はさきに認定したとおりで、右事実によれば、川中鶴三郎は、未だ被告人に対してその生命、身体等に対し現実の危険を及ぼすような行為に出ていたわけではないのであるから、急迫不正の侵害があつたものと解することはできない。したがつて、その余の要件につき判断するまでもなく、被告人の本件判示第二の所為は正当防衛に当たらないというべきである。よつて弁護人の右主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも刑法六条に従い、同法二〇四条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役六月に処するが、諸般の事情を考慮し、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用中証人太田武夫、同太田二男、同川中久徳、同濱崎啓祐、同吉居俊一郎、同川中ツモに支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例